櫻貿易株式会社
制度・政策・審議会中級審議会/分科会

電力市場に新ルール?!「3年前・1年前のkWh確保」で蓄電池ビジネスはどう変わる?〜中長期取引市場は“蓄電池専用市場”ではない。BESS事業者・投資家・アグリゲーターが見るべきポイント〜

経済産業省・資源エネルギー庁は、将来の電気を中長期で取引しやすくする「中長期取引市場」の制度設計を議論しています。第1回ワーキンググループは2026年6月2日に開催され、資料5「中長期取引市場の整備に向けた具体的な制度設計について」が公表されました。今回のポイントは、小売電気事業者に対して、実需給の3年度前・1年度前に一定量のkWh(キロワットアワー=電力量)を確保する方向が示されたことです。これは、スポット市場に過度に依存せず、将来の電気を前もって確保しやすくするための仕組みです。ただし、これは現時点で「蓄電池が直接売れる新市場ができる」と決まった話ではありません。BESSNEWSの読者が見るべきなのは、蓄電池の直接参加可否よりも、ミドル・ピーク商品の設計、エリア間値差、証拠金・清算、容量市場との固定費調整が、BESSの契約・収益モデルにどう波及するかです。

#資源エネルギー庁#配布資料#市場#ステータス:配布#会合種別:作業部会

要点まとめ(まずここだけ3行)

・中長期取引市場は、小売電気事業者が将来の電気を中長期で確保しやすくするために検討されている市場です。

・資料では、実需給の3年度前に需要の5割、1年度前に7割のkWh確保を段階的に求める方向が示されています。

・蓄電池にとっては直接の新市場というより、小売・発電・アグリゲーターの契約設計や収益モデルに波及する制度変更として読むべきです。

何が始まったのか:将来の電気を「前もって取引する市場」の設計議論

1.決まったのは市場開始ではなく、ルール作りの本格化

経済産業省・資源エネルギー庁は、2026年6月2日に第1回「中長期取引市場検討ワーキンググループ」を開催しました。WG(ワーキンググループ)とは、制度の細かいルールを専門的に検討するための会議体です。

今回公表された資料5「中長期取引市場の整備に向けた具体的な制度設計について」は、簡単に言えば、将来の電気を中長期で取引する市場を、どのようなルールで作るかを整理した資料です。
ここで最も大事なのは、市場がすでに始まったわけではないという点です。 今回始まったのは、市場の開設に向けて、商品設計、参加者、取引方式、決済・清算などを具体的に詰める議論です。

区分 内容
今回示されたこと 市場の目的、商品設計、参加者、取引方式、決済・清算などの論点
まだ決まっていないこと 市場開設日、参加要件、手数料、BESSやアグリゲーターの直接参加可否など

つまり、BESS事業者や投資家は、今回の資料を「新市場がすぐ始まる」というニュースとしてではなく、小売や発電事業者の電力調達ルールが変わる可能性を示す重要な制度設計資料として読むべきです。

2.なぜ必要なのか:スポット市場だけに頼ると価格変動リスクが大きい

中長期取引市場が検討されている背景には、電力調達を短期のスポット市場に頼りすぎるリスクがあります。 スポット市場とは、主に翌日分の電気を売買する短期市場です。 必要な電気をその都度買える便利な仕組みですが、燃料価格の上昇や電力需給のひっ迫が起きると、価格が大きく変動しやすいという弱点があります。 そこで検討されているのが、中長期取引市場です。これは、小売電気事業者が将来必要になる電気を、実際に使う直前ではなく、もっと早い段階から確保しやすくするための仕組みです。 資料では、小売電気事業者の安定調達、発電事業者の投資・燃料調達の予見性向上、安定的な電力価格指標の形成が目的として示されています。

分かりやすく言えば、毎日その日の食材を買うだけでなく、将来必要な食材を前もって予約しておくような考え方です。
電力でも、将来分のkWh(キロワットアワー=電力量)をあらかじめ確保できれば、小売電気事業者は価格変動や供給不足に備えやすくなります。
BESS NEWSの読者にとって重要なのは、この制度が蓄電池の接続ルールを直接変えるものではないという点です。
ただし、小売や発電事業者の中長期調達が変われば、BESSの契約設計、収益モデル、アグリゲーション戦略に影響する可能性があります。

何が示されたのか:「3年度前・1年度前のkWh確保」

1.小売に求めるkWh確保のイメージ

今回の資料で最も重要なのは、小売電気事業者に対して、実需給の3年度前・1年度前に一定量のkWh確保を段階的に求める方向が示されたことです。

タイミング 確保を求める方向のイメージ
実需給の3年度前 需要の5割に相当するkWh
実需給の3年度前・小規模事業者 需要の2.5割に相当するkWh
実需給の1年度前 需要の7割に相当するkWh
実需給の1年度前・小規模事業者 需要の5割に相当するkWh

資料では、確保する供給力について、電源の種別や負荷の形式は問わない方向も示されています。
ここでいう実需給とは、実際に電気が使われる年度のことです。たとえば2030年度に使う電気であれば、2030年度が実需給年度です。
ただし、この数字は「方向性・イメージ」として示されたものであり、履行方法や未達時の扱いまで確定したものではありません。記事や営業資料では、「義務化が確定した」と断定しないことが重要です。

2.kWhとkWは別物として見る

kWhは、電気の量です。蓄電池で言えば、どれだけ電気をためて、どれだけ放電できるかを見る単位です。一方、kWは、電気を出す力の大きさです。
蓄電池で言えば、何MWの出力で放電できるかを見る単位です。今回の中長期取引市場の中心は、将来のkWh確保です。容量市場のように、将来の供給力であるkW価値を中心に見る制度とは、評価する価値が異なります。
容量市場は将来の供給力、つまりkW価値を扱う仕組みとして資料内でも整理されています。
BESS投資では、出力だけでなく、蓄電容量、放電時間、充電可能時間、劣化、契約上の受渡条件をセットで見る必要があります。

蓄電池ビジネスに効くのは、ミドル・ピーク商品の設計

1.当面は3年前商品・1年前商品が基本

資料では、市場開設から当分の間、中長期取引市場で扱う商品は、実需給の3年前商品と1年前商品を基本とする方向が示されています。受渡期間は原則1年間です。
商品設計の方向は、次のように整理できます。

商品 検討されている方向
3年前商品 ベース商品を中心に、ミドル商品も検討
1年前商品 ミドル商品を中心に、ベース商品・ピーク商品も検討
受渡期間 原則1年間
事後調整付き商品 標準的な算定方式などを前提に検討
非化石価値 中長期取引市場では扱わない

ベース商品は、一定量の電気を長時間供給する商品です。ミドル商品は、需要が中程度に高い時間帯を想定する商品です。ピーク商品は、需要が特に高い時間帯を想定する商品です。

2.1年前商品のミドル・ピーク設計がBESSの注目点

BESSにとって注目すべきは、1年前商品でミドル商品を中心に、ピーク商品の取り扱いも検討されている点です。蓄電池は、電気をためて必要な時間に放電できるため、時間帯価値と相性があります。
ただし、ここで誤解してはいけません。資料が示しているのは、中長期取引市場の商品設計の方向です。
蓄電池が単独で売り手になれると決まったわけではありません。
実務上は、小売電気事業者や発電事業者が中長期のkWh調達を組み直す中で、BESSがピーク・ミドル対応の契約価値をどう提供できるかを見るべきです。

誰が参加できるのか:現時点では蓄電池専用市場ではない

1.初期整理は売り手=発電事業者、買い手=小売電気事業者

市場参加者について、資料では、当初の売り手は発電事業者、買い手は供給力確保義務を課される小売電気事業者から始める方向が示されています。
この点は、BESS NEWSの記事で最も慎重に書くべき部分です。
現時点では、蓄電池事業者やアグリゲーターが中長期取引市場に直接参加し、単独でkWhを売れる制度として確定しているわけではありません。

2.BESSやアグリゲーターの直接参加は今後の論点

一方で、発電事業者による電源差替えのための買い入札、小売電気事業者による転売、発電事業者・小売電気事業者以外の市場参加を認めるべきかは、今後の論点として示されています。
アグリゲーターとは、複数の蓄電池、太陽光、需要家設備などをまとめて、ひとつの大きな電源のように運用する事業者です。
したがって、現時点の実務判断としては、「BESSが市場に直接参加できる前提」で収益を組むのではなく、小売・発電事業者との契約、再エネ+BESSの提案、アグリゲーションによる時間帯価値の提供を検討する段階です。

3.大手発電事業者には供出を求める方向

市場の流動性を高めるため、一定規模以上の発電事業者には市場への供出を求める方向も示されています。
資料では、保有する電源の最大出力合計が500万kW以上の事業者を基準とし、原則として販売電力量の10%について供出を求める方向が示されています。対象となる事業者は、沖縄電力を除く旧一般電気事業者のグループや電源開発などで、日本全体の総供給力の約7割を占めるとされています。
これは、BESSが直接参加できるかとは別に重要です。市場で一定の価格指標が形成されれば、BESSの相対契約や小売向け提案でも、その価格が参照される可能性があるからです。

BESS事業者・投資家が見るべき4つの実務影響

1.小売の調達ポートフォリオが変わる

中長期取引市場が整備されると、小売電気事業者はスポット市場だけでなく、相対契約、中長期取引、自社電源、再エネ、BESSを含む複数の手段でkWhをどう確保するかを見直す必要があります。
調達ポートフォリオとは、電気の仕入れ先や契約をどう組み合わせるかという考え方です。
BESS事業者は、「市場価格差で稼ぐ設備」としてだけでなく、「小売のピーク時間帯の調達リスクを下げる設備」「再エネの時間ずれを補う設備」として提案する視点が重要になります。

2.ピーク・ミドル対応の価値を説明しやすくなる可能性

BESSは、電気が余る時間に充電し、必要な時間に放電できます。そのため、ピーク商品やミドル商品の定義が明確になれば、蓄電池の価値を説明しやすくなる可能性があります。
ただし、商品ごとの具体的な負荷パターン、販売開始時期、販売期間は今後の詳細検討事項です。
したがって、「ピーク商品があるからBESSに必ず有利」とは言えません。見るべきなのは、ピーク時間帯の定義、継続時間、受渡条件、未達時の扱いです。

3.容量市場との固定費調整に注意する

資料では、中長期取引市場の価格は、固定費と可変費をベースに設定することが基本とされています。
一方で、容量市場の応札価格にも固定費の一部が含まれるため、固定費の二重取りを避ける調整が必要と整理されています。

固定費とは、設備投資費や維持管理費のように、発電量や放電量にかかわらず発生しやすい費用です。
可変費とは、燃料費や運用量に応じて変わる費用です。

BESS投資では、スポット市場、需給調整市場、容量市場、相対契約などの収益を積み上げて事業性を見ます。
しかし、複数市場の収益は単純に足し算できるとは限りません。
概念的には、BESSのROI(投資収益率)は次のように見ます。

概念的には、BESSのROI(投資収益率)は次のように見ます。

BESSの概念ROI

(年間収益

− 運用費

− 電池劣化・保守費

− 充電コスト

− 証拠金・資金調達コスト

− 市場分断・価格変動リスク)

÷ 初期投資額

この式は一次情報に掲載された計算式ではなく、投資判断のための一般的な整理です。実務では、制度確定後に「どの収益を同時に取れるのか」「どの収益が調整対象になるのか」を確認する必要があります。

4.エリア間値差と市場分断リスクを見る

資料では、中長期取引でも地域間連系線を使ったエリア跨ぎ取引を認める方向が示されています。ただし、連系線を利用する取引はスポット市場を介して行い、中長期取引市場で生じる市場分断リスクは基本的に買い手が負う整理です。
市場分断リスクとは、連系線の混雑などによってエリアごとにスポット市場価格が分かれ、価格差が生じるリスクです。
BESS事業では、どのエリアに蓄電池を置くかが収益に影響します。今後は、土地代や系統接続費だけでなく、エリア間値差、間接送電権、清算方法も確認すべきです。

まだ未定の論点:ここを決め打ちしない

1.市場開設日・販売開始時期・販売期間

市場で扱う商品について、具体的な販売開始時期や販売期間は今後の詳細検討事項です。
そのため、「いつから市場が始まる」「いつからBESS案件に収益が入る」といった表現は避けるべきです。

2.証拠金・決済・清算ルール

決済・清算方法も、まだ詳細検討の段階です。資料では、小規模事業者も参加しやすく、参加者破綻時にも連鎖的な不履行や市場機能停止を招かない仕組みが必要とされています。
また、預託金や証拠金の要否も検討論点として示されています。
BESS事業者や投資家にとって、証拠金は資金計画に影響します。設備費だけでなく、取引参加に必要な担保や信用補完も見る必要があります。

3.商品定義と未達時の扱い

ピーク商品やミドル商品の具体的な負荷パターンは、今後の検討事項です。
BESSは柔軟性の高い設備ですが、無限に放電できるわけではありません。
蓄電容量、充電時間、放電時間、劣化、SOC(State of Charge=蓄電池の充電残量)管理に制約があります。
商品定義が固まる前に「BESSに有利」と決め打ちするのは危険です。受渡条件、継続時間、未達時のペナルティ、電源差替えの可否を確認する必要があります。

実務で確認すべきポイント

BESS事業者・投資家・アグリゲーターが確認すべきポイントは、次の5つです。

・BESSやアグリゲーターが直接参加できるか

・小売・発電事業者との相対契約にどう組み込めるか

・ミドル・ピーク商品の時間帯と受渡条件はどう定義されるか

・容量市場との固定費調整で、収益の重複計上が制限されないか

・エリア間値差、証拠金、清算方法が資金計画にどう影響するか

今回の制度設計は、蓄電池の接続要件を直接変える話ではありません。しかし、小売の調達ルールが変われば、BESSの売り方、契約期間、収益評価、エリア戦略に波及する可能性があります。

よくある誤解(Q&A)

Q

中長期取引市場は、蓄電池が直接売電できる新市場ですか?

A: 現時点では断定できません。初期整理では、売り手は発電事業者、買い手は小売電気事業者です。発電・小売以外の参加可否は今後の論点です。

Q

「3年度前・1年度前のkWh確保」はすでに確定義務ですか?

A: 資料では方向性・イメージが示されていますが、履行方法や未達時の扱いなどの詳細は今後の検討事項です。

Q

蓄電池の収益が必ず増えるのですか?

A: 必ず増えるとは言えません。ミドル・ピーク商品や小売の調達戦略によって、BESSの提案価値が高まる可能性はありますが、直接収益源として確定したわけではありません。

Q

非化石価値もこの市場で取引されますか?

A: 資料では、非化石価値は中長期取引市場では扱わない整理です。

Q

投資家が最も注意すべき点は何ですか?

A: 複数市場の収益を単純に足し算しないことです。容量市場との固定費調整、証拠金、エリア間値差、未達時の扱いを確認する必要があります。

出典(一次情報のみ)

本記事は、2026年6月2日に開催された第1回「中長期取引市場検討ワーキンググループ」と、同会合の資料5「中長期取引市場の整備に向けた具体的な制度設計について」をもとに作成しています。会合ページの最終更新日は2026年6月9日です。
参照日:2026年6月11日。
市場開設日、販売開始時期、販売期間、BESSやアグリゲーターの直接参加可否、証拠金・清算方法、未達時の扱いは、参照時点では未確定の論点として扱っています。

https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/jisedai_kiban/chuchoki_torihiki/001.html

経済産業省・資源エネルギー庁「総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 次世代電力・ガス事業基盤構築小委員会 中長期取引市場検討ワーキンググループ(第1回)」

開催日:2026-06-02 最終更新日:2026-06-09 参照日:2026-06-11

主な参照内容:第1回WGの開催、資料5の掲載。

資源エネルギー庁「資料5 中長期取引市場の整備に向けた具体的な制度設計について」

発行日:2026-06-02 参照日:2026-06-11

監修者

監修者 青栁 福雄

青栁 福雄
Aoyagi fukuo

Energy Link 取締役 COO

系統運用・需要側制御・スマートグリッド分野の実務家。東京電力にて変電所の建設・運用・保守および大口顧客向けエネルギーソリューションに従事。マイエナジー出向時には2002年日韓ワールドカップの複数会場および国際放送センターの電源責任を担当。東光高岳では執行役員としてスマートグリッド事業を統括し、NEDO事業等に参画。2019年にEnergy Linkを創業し、分散型電源の導入・利活用を推進。

出典: BESS media(株式会社エコ革)
https://bessnews.jp/institutional/standard/4618902102013/

本記事は BESS media の転載条件(出典明記のうえ全文転載可)にもとづき転載しています。 記事内容の著作権は転載元に帰属します。

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